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芥川也寸志

Yasushi Akutagawa

芥川也寸志

日本 | 1925年生 – 1989年没 | 22曲収録
この作曲家の曲が聴けるコンサート

略歴

作曲家・芥川也寸志は1925年、作家・芥川龍之介の三男として東京に生まれた。幼少期から音楽に親しみ、16歳で音楽の道を志す。東京音楽学校で橋本國彦、下総皖一に師事し、伊福部昭から多大な影響を受け、1947年に首席で卒業した。1950年《交響管絃楽のための音楽》で特賞を受賞し、作曲家として広く認知された。1953年には團伊玖磨、黛敏郎と「3人の会」を結成。1954年にはソ連に渡り、ショスタコーヴィチらと交流し、ソ連音楽から影響を受けた。アマチュア音楽活動にも貢献し、マスメディアを通じて音楽の普及に尽力した。映画音楽も多数手がけ、『八甲田山』などで日本アカデミー賞音楽賞を受賞している。 芥川也寸志の作風は大きく3つの時期に分けられる。初期はストラヴィンスキーやソ連音楽、師である伊福部昭の影響を受け、力強く土俗的で快活な旋律とリズム、高揚感のあるオスティナートが特徴であった。その後、前衛的な作風に転換した時期を経て、初期の明朗さと前衛的な要素を融合させた新たな世界へと移行した。生涯を通じてオスティナートの使用は彼の音楽の重要なテーマであり、東洋的なカオスの中の秩序を追求した。彼は「音楽はみんなのもの」という信念を掲げ、純粋なオーケストラ作品に留まらず、映画や放送音楽、童謡、校歌など、幅広いジャンルで作曲活動を行った。 代表作としては、25歳で特賞を受賞した出世作《交響管絃楽のための音楽》が挙げられる。これは新しい時代への希望を力強く表現した傑作である。《弦楽のための三楽章(トリプティーク)》は海外でも高く評価され、日本現代音楽の代表作の一つとされている。インドのエローラ石窟院に着想を得た《エローラ交響曲》も代表作である。映画音楽では『八甲田山』や『八つ墓村』で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞し、その功績を象徴する。彼はメディアを通じてクラシック音楽を一般大衆に広める活動に尽力し、その功績を称え「芥川作曲賞」が創設された。サントリーホール建設にも関わるなど、現在の日本のクラシック音楽環境に多大な影響を残した。 (699字)

収録楽曲